遊佐町由来が明確な, 「亀の尾」 などと肩を並べる往年の名品種。ままくぅで取り組むまでは、ほどんど栽培されなくなって数十年が経過していた。
町内富岡 (当時は高瀬村) の常田彦吉氏が、大正13年に 「山寺糯」 の突然変異から選抜し4年かかって固定したと言われます。その品種名は常田家の屋号に由来する。昭和11年から同35年まで山形県の奨励品種になり、ピーク時は県内で作付された糯品種の半分前後を占め
た。また、東北各県で栽培された記録がある。
【 稲の特性 】
栽培特性として耐寒性が極めて強いことが挙げられる。この特性をいかし、かつては水口の「かしら糯」 として植えたと古老が伝える。病害虫に対しては、複合的な抵抗性であると考えられる。 形態的特長としては、典型的な「昔の稲」であり長稈かつ穂重型で、出穂後特に穂首節 (ミゴ) が大きく伸長する。このみごはかつて米俵編みには不可欠のものであったという。籾はうるち品種に比べて丸みを帯びる。
【 加工したときの特性 】
肝心の糯米あるいは加工しての 「餅」 としての特性であるが、
粒はでわのもちに比較して小粒であるが、特有の香りを有し、
他品種と明確に区別できる。
この香りは餅にコクを与え、濃厚な風味になる。
【 こらから 】
今後まだまだ未知の部分があるもので成分分析等も行ってみる。
また遊佐町外にも知名度を広げ、この彦太郎糯をより多くの人に
味わってもらえるような売り込みを行っていきたい。